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鹿児島地方裁判所 平成9年(行ウ)16号 判決

原告

松原武実(X)

被告

鹿児島県教育委員会(Y)

右代表者教育長

徳田穣

右訴訟代理人弁護士

池田穣

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告が原告に対してした平成九年一一月一〇日付け「鹿児島県文化財保護審議会会議録(西田橋について)」の非開示決定(鹿教文第三八七号)を取り消す。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

第二  事案の概要等

一  事案の概要

本件は、原告が鹿児島県情報公開条例(昭和六三年三月二八日鹿児島県条例第四号。以下「公開条例」という。)に基づいてした「鹿児島県文化財保護審議会会議録(西田橋について)」(以下「本件会議録」という。)の開示請求に対して被告が開示しない旨の決定(以下「本件決定」という。)をしたところ、原告が、その決定理由は公開条例に定める非開示事由に該当しないから違法であるとして、本件決定の取消しを求めた事案である。

二  争いのない事実(請求原因)

1  当事者

原告は、鹿児島県の区域内に住所を有する者である。

被告は、公開条例二条三項の実施機関である。

2  公文書の開示請求

原告は、被告に対し、平成九年一〇月二八日、公開条例五条一号に基づき角鹿児島県文化財保護審議会(以下「審議会」という。)の審議内容を記載した本件会議録の開示を請求した。

3  非開示決定

被告は、原告が開示請求した本件会議録について、次の(一)ないし(三)の理由で本件決定をし、原告に対し、平成九年一一月一〇日付け通知書をもって、本件決定を通知した。

(一) 本件会議録に関しては、審議会において、会議及び会議録については非公開との意思決定がなされており、公開条例八条七号(合議制機関情報)の非開示事由に該当する。

(二) 本件会議録を開示することにより、委員の自由な討議等の確保が困難となることから、将来の審議会の審議等に支障が生ずると認められ、公開条例八条六号(意思形成過程情報)の非開示事由に該当する。

(三) 本件会議録を開示することにより、文化財保護行政の公正・円滑な執行に支障が生ずるおそれがあると認められ、公開条例八条八号(行政運営情報)の非開示事由に該当する。

三  争点及び当事者の主張

本件決定の適法性(本件決定が公開条例に適合しているか否か)

1  被告の主張(抗弁)

(一) 情報公開条例の解釈については、いわゆる知る権利の理解により見解が分かれるが、知る権利はその内容が未だ確定していない曖昧な権利であるとみるべきである。したがって、情報公開請求権は条例により創設された権利であり、右条例を離れて住民が行政機関に対し当然に積極的に情報の開示を請求する権利を持つものではなく、いかなる公文書を開示の対象とするかは正に立法政策の問題であって、その当否は司法審査の範囲外である。条例の制定にあたっては開示により得られる利益と円滑な行政の必要等影響を受ける側の利益の両者が比較考量され、そのバランスの上に開示請求権ないし非開示事由が認められているのであって、その開示請求権は条例の趣旨に従って解釈されるべきで、開示を求める立場からのみ厳しく解釈することは当を得ない。

(二) 八条七号(合議制機関情報)該当性

(1) 非開示議決の存在

公開条例八条七号は、非開示事由として、「知事を除く実施機関並びに実施機関の附属機関及びこれに類するもの(以下「合議制機関等」という。)の会議に係る審議資料、会議録等に記録されている情報であって、当該合議制機関等の議事運営規程又は議決により開示しない旨を定めているもの」を掲げている。本件会議録については、第二回審議会において会議の内容及び資料等を公開しない旨の議決がなされており、右非開示事由に該当する。

公開条例八条七号の趣旨は、合議制機関情報については、合議制機関の専門性・中立性を尊重し、その意思形成に関して微妙な討議の過程を必要とする場合があり、開示すれば有用な結論への到達を妨げられることがあるので、開示又は非開示の決定を当該合議制機関等の自主的な判断に委ね、実施機関は合議制機関が非公開の議決をしたときには、改めてその議決に合理的な理由があるかどうかを問うことなく、右議決自体合理的な理由があるものとして、これをそのまま尊重するというものである。したがって、本件会議録については、審議会の議決を尊重し非開示決定をすることが実施機関に課せられた義務である。

(2) 非開示の議決をすべき合理的理由の存在

仮に、非開示の議決に合理的理由の存在が要求されるとしても、本件においては、審議会の少人数の委員が、答申案をまとめるために、具体的、個別的で、微妙な討論の過程を経る必要があり、この過程を開示することは、各委員に対し心理的圧迫を与えるなどの悪影響を及ぼし、その結果、各委員が自由かつ公正な意見を述べられなくなり、ひいては審議会における公正かつ円滑な審議運営が妨げられるおそれが生ずることになるのであって、本件会議録を非開示とすべき合理的理由が存在した。

(三) 八条六号(意思形成過程情報)該当性

公開条例八条六号は、非開示事由として、「県又は国等の事務事業に係る意思形成過程において、県の機関内部若しくは機関相互間又は県と国等との間における審議、調査研究その他これらに類するものに関して実施機関が作成し、又は取得した情報であって、開示することにより、当該事務事業又は将来の同種の事務事業に係る意思形成に支障を生ずると認められるもの」を掲げている。本件に関する意思形成過程は終了しているが、本件会議録を公開することにより、委員の発言内容を事後的に検査されることになれば、審議会の意思形成過程において不可欠である各委員の自由闊達な討議の確保が困難になり、将来の審議会の審議等に支障が生ずると認められるから、右非開示事由に該当する。

(四) 八条八号(行政運営情報)該当性

公開条例八条八号は、非開示事由として、「県又は国等が行う監査、検査、取締り、許可、認可、試験、入札、徴税、交渉、渉外、争訟その他の事務事業に関する情報であって、開示することにより、当該事務事業の目的が損なわれるもの、特定のものに不当な利益若しくは不利益が生ずるもの又は当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれがあるもの」を掲げている。審議会において、各委員は、討議の経過や委員個人の意見が外部に公表されないことを前提に意見を述べているところ、審議会での委員の発言を記録した会議録を事後的に開示すれば、現在及び将来の審議会の行う審議に支障が生ずるおそれがあるとともに、現在及び将来の被告が行う文化財保護行政の公正・円滑な執行に支障が生ずるおそれがあるから、右非開示事由に該当する。

(五) なお、本件会議録としては、被告提出の会議録抜粋(〔証拠略〕)の原本以外には存在しない。

2  原告の主張

(一) 公開条例一条は、「この条例は、県民の公文書等の開示を求める権利を明らかにするとともに、県が実施する情報公開施策の推進に関し必要な事項を定めることにより、県民の県政に対する理解と信頼を深め、もって県民参加による公正で開かれた県政を一層推進することを目的とする。」と定め、同三条は、「実施機関は、県民の公文書等の開示を求める権利が十分に尊重されるようにこの条例を解釈し、及び運用するものとする。この場合において、実施機関は、個人に関する情報がみだりに公にされることのないように最大限の配慮をしなければならない。」と規定している。

鹿児島県指定文化財の西田橋は、県民にとって共同の文化的財産であり、その西田橋の撤去に関する審議会の審議内容について、県民として関心をもつのは当然のことであって、右公開条例の精神に鑑みれば、被告は、原告の本件会議録の開示請求に対し、みだりに非開示とすべきではなく、やむをえず非開示とする場合は、非開示の理由となる具体的事実を主張、立証する義務がある。

(二) 八条七号(合議制機関情報)について

審議会において、本件会議録までも非公開とする議決がなされたかどうかは明らかでない。会議録抜粋(〔証拠略〕)には「(委員)異議なし」との記載があるが、委員全員がそのように発言したのか疑問がある。また、同会議録抜粋がこのような問答体で記載されているとすれば、もっと大部な会議録が存在すると思われる。

仮に、本件会議録を非公開とする議決がなされたとしても、その場合は非公開の期間が決められるはずであり、非公開の期間を議決していないのであれば、本件会議録の非公開の期間は、社会通念上、審議会開催期間中に限定して解するのが妥当である。しかるに、現在は、審議会が終了して既に二年が経過し、審議の対象となった西田橋も甲突川から撤去されて存在しないから、本件会議録を非公開とする議決の効力は失われたとみるべきである。

(三) 八条六号(意思形成過程情報)及び八号(行政運営情報)について

西田橋に関する審議が二年前に終了し、審議の対象となった同橋も姿を消しているような状況において、本件会議録を開示することにより、「委員の自由な討議等の確保が困難となる」とか「文化財保護行政の公正・円滑な執行に支障が生ずるおそれがある」というのは、全く理解できない理由である。また、「将来の文化財保護審議会の審議等に支障が生ずる」とするのは、いたずらに非開示の理由をあげつらっているだけで、公開条例の精神を逸脱している。

第三  当裁判所の判断

一  認定事実

前記争いのない事実及び〔証拠略〕を総合すると、次のとおりの事実が認められ、この事実を覆すに足りる証拠はない。

1  審議会への諮問(〔証拠略〕)

(一) 平成七年五月三一日、当時の鹿児島県知事土屋佳照は、被告に対し、鹿児島県文化財保護条例一三条一項(「指定有形文化財に関しその現状を変更し、又はその保存に影響を及ぼす行為をしようとするときは、教育委員会の許可を受けなければならない。ただし、現状の変更については維持の措置又は非常災害のために必要な応急措置を執る場合、保存に影響を及ぼす行為については影響の軽微である場合は、この限りでない。」)、同施行規則一一条一項(「条例一三条一項の規定により指定有形文化財の現状変更又は保存に影響を及ぼす行為の許可を受けようとする者は、別紙第一一号様式の申請書を教育委員会に提出しなければならない。」)に基づき、鹿児島県所有の県指定有形文化財である西田橋に関する現状変更許可申請書を提出した。なお、西田橋の撤去については、平成五年八月六日に発生した甲突川流域の水害、いわゆる八・六水害の後に河川災害対策事業として計画されたが、西田橋等の石橋が水害の原因となったのか、史跡としての保存価値があるのかなどを巡り、県民世論を二分する程の論議が起こっていた。

(二) 被告は、右申請を受けて、平成七年六月九日、鹿児島県文化財保護審議会条例(昭和五〇年一二月二二日鹿児島県条例第五一号、以下「審議会条例」という。)二条(「審議会は、教育委員会の諮問に応じて文化財の保存及び活用に関する重要事項について調査審議し、及びこれらの事項に関して教育委員会に建議する。」)に基づき、審議会に対し、右申請につき諮問することにした(以下「本件諮問」という。)。

(三) 審議会は、文化財保護法一〇五条一項、審議会条例一条(「文化財保護法一〇五条一項の規定に基づき、鹿児島県教育委員会に鹿児島県文化財保護審議会を置く。」)に基づき設置された機関であり、本件諮問当時、大学教授を主とした文化財分野の専門的学識経験者一六名、一般的学識経験者三名、行政職員(県土木部長)一名の合計二〇名の委員で構成されていた。また、審議会には、文化財課長以下数名の被告職員が事務局員として参加していた。

なお、審議会には、議事運営規程がなく、従来から非公開で行われており、従来は、諮問に対する答申を得れば足り、会議録作成を義務付けた規定もなかったことから、会議録は作成されていなかった。

2  審議経過(〔証拠略〕)

(一) 審議会は、本件諮問について、平成七年六月一五日から同年一一月二七日までの間八回にわたり審議を重ねた。

(二) 第一回の審議会は、平成七年六月一五日、委員一九名及び県職員らが出席して開催された。その際、多数の報道機関関係者が取材に参集し、会議の冒頭部分の撮影や会議後のコメントを求めたことから、審議会会長真鍋隆彦(以下「会長」という。)は、各委員に対し、会議冒頭部分の撮影許可及び会議終了後に会長が報道機関にコメントすることを提案して了承された。そして、会長は、会議の終了にあたり、各委員に対し、報道機関には会長から会議の流れにつきコメントするが、委員各自の意見は出さないから、委員各位もコメントを差し控えて欲しい旨の発言があり、これに対し、委員から特に異議は出なかった。

(三) 第二回の審議会は、平成七年七月一三日、委員一七名及び県土木部関係者らが出席して開催された。第一回と同様に報道機関関係者が参集し、会議冒頭部分の撮影と会議後のコメントを求めたことから、会長は、第一回と同様に各委員からその旨の了解を採った。

審議がなされた後、会長は、会議の終了にあたり、各委員に対し、審議会の内容、資料等については従来どおり非公開とし、会議の流れについては会長が報道機関にコメントする旨を再度確認のために提案し、各委員から了承された。その際、事務局からも、会議の内容、資料等については非公開とする旨の発言があった。このような会長や事務局の発言に対し、各委員から個別的にも何ら反論は出なかった。

(四) 最終第八回の審議会は、同年一一月二七日開催された。その際、会長は、各委員に対し、答申案文を読み上げて確認した上で、会議の最後に、答申の内容については、諮問者である被告に答申する前に被告以外の者に明らかにすることはできないので、外部に漏らすことのないようお願いしますと発言し、各委員もそれを了承した。

(五) 審議会は、平成七年一一月三〇日、本件諮問に対する答申をした。

3  本件会議録の作成経過及びその内容(〔証拠略〕)

(一) 前記のとおり、審議会では、従来、会議録を作成しなかったが、被告職員大平義行ら事務局員は、本件諮問については、西田橋の現状変更をいう審議事項の重大さに鑑み、答申案の正確を期すため、自主的に会議録を作成することにし、各回毎に回数を付した「鹿児島県文化財保護審議会会議録」と題する書面(〔証拠略〕等、以下、本件会議録というときはこれらを指す。)を作成した。

会長を含む各委員は、従来会議録が作成されなかったことから、本件会議録が作成されたことを認識しておらず、後になって、会長及び副会長には、本件会議録の作成が報告された。

(二) 本件会議録には、会議開催の日時・場所・出席した委員数(欠席委員は氏名)及び県職員の職名・人数の記載のほか、会議要旨として、項目ごとに各委員の発言が集約して記載され、項目によっては個別意見も記載され、各回A4版一、二枚でまとめられた。なお、本件会議録には、議長の署名捺印はなく、会議録作成者である事務局の署名捺印もなかった。

(三) 本件会議録の第一回分には、その冒頭に「(会長)会議に先立ち、報道機関の会議の頭撮り及び諮問文手渡し場面の撮影の申し入れがありますが、許可してよろしいか。また、会議の流れについてのコメントは、会議終了後、私の方でコメントすることとしてよろしいか。(委員)異議なし。(会長)それでは、そのように決定いたします。(約五分間、報道各社頭撮りを行い退席)」との記載があり、同書面最後尾部分に「(会長)報道機関へは、会の流れについて私の方でコメントし、審議についての委員のご意見等については一切しないので、委員各位におかれましては、コメントを差し控えていただきますようお願いします。いたずらに困難を招く恐れもあるので、よろしく御配慮願いたい。」との記載がある。

(四) 本件会議録の第二回分には、その冒頭に「(会長)会議に先立ち、報道機関の会議の頭撮りの申し入れがありますが、許可してよろしいか。また、会議の流れについては、会議終了後、私の方でコメントすることとしてよろしいか。(委員)異議なし。(会長)それでは、そのように決定いたします。(約五分間、報道各社頭撮りを行い、退席)」との記載があり、同書面最後尾部分に「(会長)いろいろ御意見がありましたが、今後、現状変更を必要とする理由については、審議を継続することといたします。次回については、事務局と協議して委員の日程等も調整しながら計画をしたいと思います。会議の内容及び資料等について、これまでどおり公開はしないこととしたいと思います。なお、報道関係者へは会長が窓口となり、会の流れについてコメントすることとしたいので、今一度委員の了承を確認したいと思いますので、よろしくお願いいたします。(委員)異議なし。」との記載がある。

4  本件に先立つ開示請求及び異議申立て(〔証拠略〕)

本件会議録については、本件開示請求に先立つ開示請求があり、被告は、同請求につき、本件と同じく、公開条例八条六号、七号、八号を理由として非開示決定(鹿教文第一一二四号、同第一一九五号)をしたところ、同決定に対し異議申立てがなされた。そこで、被告は、公開条例一二条(「実施機関は、七条一項の決定について、行政不服審査法(昭和三七年法律第一六〇号)に基づく不服申立てがあった場合は、当該不服申立てが不適法であるときを除き、速やかに、鹿児島県公文書等開示審査会に諮問して、当該不服申立てに対する裁決又は決定をしなければならない。」)に基づき、鹿児島県公文書等開示審査会に諮問したところ、平成九年九月三日、同審査会から、「実施機関の決定は、鹿児島県情報公開条例の解釈及び適用を誤ったものではなく、取り消す必要はない。」との答申が得られた。

5  本件決定当時、本件諮問に関する審議会が終了して約二年間が経過し、審議の対象となった西田橋は甲突川から既に撤去されていた。(弁論の全趣旨)

二  右認定事実をもとに、証人平井一臣の証言をも参酌して、本件決定が公開条例に適合しているか否かにつき検討する。

1  公開条例の解釈基準について

一般に、情報公開条例による情報開示請求権は、憲法二一条を根拠とする「知る権利」ないし国民主権原理と密接に関連するものではあるが、憲法及び法律に規定がない以上、あくまで当該条例によって創設された権利であるといわざるを得ず、具体的な開示請求権の内容は、当該条例の文言及び趣旨に照らして判断されるべきである。そして、本件の公開条例については、一条に「この条例は、県民の県政に対する理解と信頼を深め、もって県民参加による公正で開かれた県政を一層推進することを目的とする。」と規定し、同三条も「実施機関は、県民の公文書等の開示を求める権利が十分に尊重されるようにこの条例を解釈し、及び運用するものとする。」と規定しておりも基本理念としては公文書の開示につき積極的な姿勢を示していることが窺える。他方、同条例三条後文や八条一号ないし九号において、個人のプライバシーの保護のほか、行政事務の公正かつ円滑な執行等との調和を図るために非開示事由が定められており、鹿児島県が昭和六三年九月に作成した「情報公開事務の手引」(甲三、以下「手引」という。)が右条例の個別規定の解釈を示しており、本件請求にかかる公文書を公開するか否かは、当該条例の法文の解釈を中心に判断すべきものと解される。

2  本件会議録の公開条例八条七号(合議制機関情報)該当性について

(一) 公開条例八条は、「実施機関は、開示の請求に係る公文書等に次の各号のいずれかに該当する情報が記録されているときは、当該公文書等の開示をしないことができる。」と定めた上、その七号において、「知事を除く実施機関並びに実施機関の附属機関及びこれに類するもの(以下「合議制機関等」という。)の会議に係る審議資料、会議録等に記録されている情報であって、当該合議制機関等の議事運営規程又は議決により開示しない旨を定めているもの」を開示しないことができる公文書として掲げている。

同号の趣旨は、同条例の文言及び手引き(四二頁)によれば、合議制機関等は、会議での自由な討論や意見の表明が担保されなければ、こうした機関の設置の趣旨そのものが損なわれるという観点から、これらの機関の会議に係る情報については、それぞれの機関の自主的判断を尊重することにしたものと解される。

(二) まず、本件会議録が右の合議制機関情報に当たるかについてみるに、審議会は、地方自治法一三八条の四第三項、審議会条例一条に基づき設置された被告の附属機関であり、公開条例八条七号に規定する合議制機関等に該当するところ、本件会議録は、その作成経過及び内容からみて正式な会議録といえるかは疑問が存するものの、会議の内容を記載した資料であることは前記認定のとおりであり、同号にいう「合議制機関の会議に係る会議録等に記録されている情報」が記録されているということができる。

(三) そこで、本件会議録につき、公開条例八条七号にいう「議決により開示しない旨を定めているもの」か否かを判断する。

(1) 前記のとおり、公開条例一条が県民参加による公正で開かれた県政を推進するとの目的を、三条が県民の公文書等の開示請求権が十分に尊重されるように同条例が解釈され、運用されるべきことをそれぞれ定め、また、八条七号が合議制機関情報については当該機関の自主的判断を尊重して非開示とすることを許容していることに照らすと、右八条七号の議決は、単に当該合議制機関の長から開示しない旨の提案がされ、これに異議がなかったという程度では足りず、当該合議制機関の構成員らにおいて、その資料対象等も特定した上で外部には開示しない旨を一義的、統一的な意思の表示としてなされることを要するというべきである。

(2) しかるところ、会長は、第一回会議の冒頭において報道機関関係者から会議冒頭部分の撮影や会議後のコメントを求められたことから、会長が主となって報道機関に対応する趣旨の提案ないし説明をしたのであって、これらの発言等は、主として審議会の円滑な運営を図るとの趣旨からなされたものであり、この提案につき了承されたことをもって会議録等を非公開とする旨の委員らの意思が統一されたとはいえない。

しかしながら、西田橋の撤去については、いわゆる八・六水害の原因論や史跡としての保存価値等を巡って県民の間にも論議が起こり、その中で文化財保護行政の見地から本件諮問がなされたことから、審議会にあたり多数の報道機関関係者が取材に参集してきたのであって、このような経過からすると、審議会の構成員である委員らがどのような意見を述べるかが注目を浴びることになり、委員に対する個人攻撃等のおそれも十分に懸念されたため、委員らの自由な発言を確保する必要が生じたと推認されるところである。これらの状況のもとで、会長は、第一回会議の提案と了承及び第二回会議の冒頭の発言に対する了承では審議会の意思統一に未だ足りないとして、第二回の会議終了に当たり、再度、委員の発言等も含めて会議内容を公開しない旨を確認すべく、委員の了承を求め、各委員から「異議なし」との意見を得たと認められるのであるから、右の会議内容を公開しない旨の提案と了承は、審議会として各委員が会議の内容を報道機関等に口外しないことを申し合わせたにとどまらず、主として委員の自由な発言を確保する目的で、会議内容等も含めた資料等一切を公開しない旨の明確な意思表示としてなされたとみるのが相当である。

もっとも、前記のとおり、審議会には従来から会議録がなく、会長を含む各委員も会議録につきその公開の是非を決すべきことを意識していなかったともいえるが、右の会議内容を公開しない旨の提案と了承の趣旨、目的を貫徹するには、会議内容の記載された会議録をも非公開にしなければ、右目的を達成し得ないというべきであるから、右の提案と了承は、会議録が作成された場合には当然にその会議録をも非公開とする趣旨を含むものと解すべきである。

そうすると、本件会議録については、本件条例八条七号の開示しない旨の議決があるものというべきである。

(3) この点に関し、原告は、本件会議録につき非公開とする議決がなされたとしても、非公開の期間を議決していないのであれば、本件会議録の非公開の期間は、審議会開催期間中に限定して解すべきである、審議会終了後二年が経過し、西田橋も撤去された現在においては、右非公開議決の効力が失われた旨主張する。

しかし、前記のとおり、開示、非開示の決定については当該合議制機関の自主的な判断が尊重されるべきところ、一般に、合議体における自由な発言の確保のためには、審議が終了した後においても審議過程での発言内容が外部に公開されない保障のあることが必要な場合があり、本件においても、県民間で論議が対立し注目度の高い審議であることから、非開示議決が本件諮問に対する答申後も含めたものとしても、一応合理的な判断であるということができるのであって、審議会が非公開の期間を議決で定めていないからといって、原告主張のような限定解釈をすることは合議制機関の自主的判断を尊重するとした公開条例八条七号の趣旨に反するものというべきである。なお、大平証人の証言中には、答申までは非公開を守って下さいという会長の発言があった旨の部分があるが、〔証拠略〕に照らせば、答申の前後で公開か非公開かを区分した議決がされたとみることはできないから、右証言部分は採用しない。

また、現在においては非公開議決の効力が失われたとの原告の主張は、非開示議決があったとしても、実施機関である被告が具体的事情を考慮して開示、非開示の決定をすべきであるとの主張であると理解し得るが、実施機関としては、合議制機関の自主的判断を尊重するとした八条七号の趣旨にそって決定すべきなのであり、本件においては、審議会終了後二年が経過したに過ぎず、本件会議録を開示すべき公益上の必要性など特段の事情も窺えない以上、被告が審議会の議決に則った処分をすることは当然のことであるから、この点についての原告の主張も正当でない。

(四) 以上のとおりであるから、本件会議録は公開条例八条七号の非開示事由に該当するとの被告の主張は理由がある。

3  本件会議録の公開条例八条六号(意思形成過程情報)該当性について

(一) さらに、公開条例八条六号該当性について検討するに、同号は、「県又は国等の事務事業に係る意思形成過程において、県の機関内部若しくは機関相互間又は県と国等との間における審議、調査研究その他これらに類するものに関して実施機関が作成し、又は取得した情報であって、開示することにより、当該事務事業又は将来の同種の事務事業に係る意思形成に支障を生ずると認められるもの」を開示しないことができる公文書として掲げている。

同号の趣旨は、同条例の文言及び手引(三九頁)によれば、行政内部の審議等に関する情報の中には、それぞれ決裁又は供覧等の手続は終了しているものの、行政としての最終的な意思決定までの一段階であるため、開示することにより、県民に誤解や混乱を生ずるものや、行政内部の自由な意見交換が阻害され、公正かつ円滑な意思形成に支障を生ずるものがあるほか、最終的な意思形成に至った後においても、その過程における情報を開示することにより、将来の同種の審議等に支障を生ずる場合があることから、これらの情報については、県又は国等の事務事業に係る意思形成が公正かつ円滑に行われることを確保するため、開示しないことができるとしたものと解される。

(二) まず、本件会議録が右の意思形成過程情報に当たるかについてみるに、前記認定のとおり、本件会議録には、被告の附属機関である審議会が、被告の諮問に応じ、県指定有形文化財である西田橋の保存について審議した内容が記録されているところ、右審議の内容は、被告が西田橋の現状変更を許可するかどうかの意思形成過程における情報であり、同号にいう「県の事務事業に係る意思形成過程において、県の機関内部における審議、調査研究その他これらに類するものに関して実施機関が作成し、又は取得した情報」に該当するということができる。

(三) そこで、本件会議録は、その開示により、同号の「当該事務事業又は将来の同種の事務事業に係る意思形成に支障を生ずると認められるもの」に該当するか否かについて判断する。

前記認定事実によれば、本件決定の時点において、被告が既に西田橋の現状変更を許可する意思決定をし、その許可を受けて、県が西田橋の現状変更行為をした後であることが明らかであって、本件会議録の開示により、「当該事務事業に係る意思形成に支障を生ずる」ことはあり得ないから、問題は、本件会議録の開示が「将来の同種の事務事業に係る意思形成に支障を生ずる」か否かである。

審議会制度は、住民の利害や意見の対立錯綜が予想される事柄に関し、行政の意思決定の公正さを保つため、その意思形成過程への学識経験者の参加により、専門的知識を導入し、かつ直接的な民意の反映を図る目的で設置されたものであり、その審議事項の性格から、会議録の開示により各委員の発言が検査され個別に批判されるなどして自由な意見交換や意思決定の中立性が不当に損なわれるおそれは否定し難いところである。しかし、同時に、手引き(四〇頁)によると、同号の運用として、「開示することにより、意思形成に支障を生ずるかどうかの判断については、慎重かつ厳正に行うものとする。」とされており、前記公開条例の解釈基準に鑑みれば、本件会議録の開示により「意思形成に支障を生ずる」というためには、本件会議録の性質、審議会の性格、審議内容などに照らし、そのような支障の生ずる危険が具体的かつ客観的に存在することを要するというべきである。

本件についてみるに、本件会議録は、従前作成されなかった会議録を特に本件審議会では答申案の正確を期すためメモ的に作成したものであり、各委員の発言内容は集約的に記録され、一回分の審議会でA4用紙一、二枚であるから、その発言内容は極端に圧縮省略されているものとみられる上、議長の署名捺印はもちろん、会議録の作成者である事務局の署名捺印もなく、会議録の正確性は全く担保されていないのであって、文化財の専門家である委員としては、本件会議録をもって自己の見解と受け取られることに非常に不満を持つであろうことが容易に予想されるところである。そして、本件審議の重大性及び注目度の高さ、更には本件と同様の文化財保護問題が将来繰り返し生起する問題であることをも併せ考慮すると、本件会議録の開示により、正に文化財保護行政に係る意思形成に支障を生ずる危険が具体的かつ客観的に存在するということができる。したがって、本件においては、本件会議録の開示により「将来の同種の事務事業に係る意思形成に支障を生ずる」といわざるを得ない。

(四) そうすると、本件会議録が公開条例八条六号の非開示事由に該当するという被告の主張は理由がある。

4  以上のとおりであって、本件決定は、公開条例八条六号、七号の非開示事由に関する限り、公開条例に適合するものということができるから、その余の判断をするまでもなく、原告の請求は理由がない。

第四  結論

よって、原告の請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧弘二 裁判官 山本善彦 鈴木秀行)

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